家にあるもの=資源

生活

2020/10/1

以前の自分は、使わないものは捨てる派でした。
断捨離という言葉が流行り、少なからず共感していたと思います。

いつか使うかもと取っておいても、そのいつかはやってこないと、いろんなところで書かれているのをみましたし、私も同じ感覚を持っていました。使わないものの保管のためのスペースは空間の無駄使いという考え方も、至極もっともだと思っていました。

今の家に引っ越す時、母親からまだ使えるものは取っておくよう勧められました。”捨てるのはいつでもできる、すぐ捨てるのは結果高くつくよ”みたいな諺を言われ、どんな言葉だったのかは忘れましたが、何となく印象に残っていました。

引越しついでに処分予定だった、独身の頃から使っていた小さめのダイニングテーブルセットは取っておくことにして、いつか使うとしても子供の卓球台くらいかなあと思いながら、とりあえず奥行のあるクローゼットの中に入れて、上下の仕切りにしていました。

引っ越して2年ほどたったとき、義父母の足腰が弱くなり、床に座る生活から椅子に座る生活を病院から勧められ、ダイニングテーブルが必要になりました。クローゼットに取ってあったダイニングテーブルを思い出して、サイズを測ってみると、義父母宅のダイニングの空きスペースに入りそうでした。

実際に設置してみると、この時のためにとってあったのか、というくらいにぴったりでした。

うーんと唸らされました。
物を取っておくと、いつか使う時がくるのかもしれないし、何かが必要になった時、既にある物を流用すれば何とかなるのではないか。

そう思うと、家にあるもの全てが資源に見えてきました。

フタが無くなって使えなくなったプラスチックの食品保存容器が、豆苗の水耕栽培容器にぴったりだったり、使わなくなったプロテインのシェイカーを、粉末緑茶用の水筒にしたり、何となく取っておいたジャムの空き瓶が野菜の種の保存に使えたりして、ピタッとハマる感じが面白いです。

使い古した布巾やタオルを切って、お掃除に使うという基本?の使い回しも、やってみたいと思いつつ面倒だったんですが、近頃は面倒に感じなくなり試しにやっています。鍋の油汚れに最高です。

こういうのって、心身に余裕がないと出来ないのかもしれません。”捨てる派”のときは仕事にほとんどのエネルギーを使っていたので、物がたくさんあることの複雑さに心身が耐えきれないという感じだった気がします。たくさんの物とじっくり向き合うのはエネルギーが必要なんだと思います。

普段はお金を出せば、大抵のものはすぐに手に入りますが、地震や大雨などの災害時は、物流が止まって食べ物も物資も手に入らなくなるのは、近年、身を以て体験しています。新型コロナウイルス感染が始まったときは、マスクが高騰し、なぜかトイレットペーパーがお店から消えたりもしましたしね。

使わないものや在庫を置いておくスペースは無駄、というより必須だと今は感じています。そういえば昔は蔵とか納屋とかありましたもんね。いつか使えそうなものを置く場所として、カラーボックス 4個分を新設したので、少しずつ整理しているところです。そのうち一部屋全部、物資置き場にしたいです。

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